2010/09/12

夜回り先生



夜回り先生こと、水谷修氏の講演を聴いた。

自身も悪性リンパ腫と闘いながら、今も金・土は夜11時から明け方まで夜回りを続けている言うから驚きだ。

今日もからだの左半分が痺れていたそうだが、2時間弱の講演を力強く全うされた。やはり、この人ハンパじゃない。

「子どもに罪はない。大人が全部悪い」という彼のベーシックな論点には批判もあり、私もいささか意見はあるのだが、今日ばかりは言うまい。書くまい。彼と夜の世界に生きる子どもたちが紡いできた圧倒的な事実は、誰も簡単に批判出来るものではない。

「私をちやほやする暇があったら、それぞれ自分の場所でやるべきこと、気がついたことをやれ!」と言うのが、彼のメッセージの核心である。これには大いに共感できる。私は昼の世界の子どもたちの幸せのために自分のやるべきことを淡々と続けるだけ・・・・ そう思った。

水谷氏を突き動かす原動力は、回復して生きる力を取り戻す子どもたちの笑顔と、それ以上に大きなものは、救いきれず失った子どもたちのいのちの償いの想いである。

水谷氏は「その子たちは私が殺したのだ」と言う。これは方便ではない。本気のことばだと私は受け取った。キリスト教風の臭い表現を使うなら、水谷氏はそれを自分の十字架として背負いつつ、今日も夜回りや講演を続けておられるというわけだ。

まるで再現ドラマを見せられるように、リアルに子どもとのやりとりを語る水谷氏。事実だけに圧倒的に力があり、彼の無念の思いも伝わってくる。会場のあちこちからすすり泣きが聞こえる。

ここで、「感動した」「いい話だった」で終わるわけにはいかない。

翻って、私たちが殺した御方はイエスである。クリスチャンはこの御方の十字架を背負いつつ語るのだ。いかに水谷氏が人間ばなれして立派だろうが、福音のメッセージが彼の講演よりもショボイようでは話にならんと思った。これが最も強く心に刻んで自戒したことである。





2010/09/11

「さくらんぼ」続報

http://www.blogger.com/post-create.g?blogID=1863342222266185847
【地元紙による「さくらんぼ」続報】


地元紙の報道によると、会見の最後に土田市長は「同名のアダルトサイトがあるとは夢にも思わなかった」と話し、「交通事故に例えるなら、(向こうから)ぶつかって来たような感じだ」と渋い表情を浮かべたということだが、何とも道理のわからんお人である。

そんな名前の学校が「後から」出来るとも思わなかったのは、私立さくらんぼ小学校の側である。交通事故にたとえるなら、ぶつかって行ったのは明らかに「向こう」ではなくて、「こっち」である。どうして、これほど簡単な理屈が、市の行政のリーダーたる者に理解出来ないのか首をかしげたくなる。

公式サイトで、学校側の意向に配慮して名前の変更の可能性を示唆した私立さくらんぼ小学校のコメントは実にスマートである。土田市長は、大いに恥じるべきだ。

良識のあるコメント画面が出て来たので、いったいどんな作品を作っているのかあちこち検索してみたが、サンプル画像を数枚見ることが出来ただけだった。それは私の価値観からすれば受け入れがたい内容のものだ。しかし、こういうものが世の中に存在することを私は全く否定しない。あくまでも表現の自由である。

こういうものは嗜好やバランスの問題で、攻撃して世の中から閉め出すのは馬鹿げている。再建主義やクリスチャン・ホームスクールをやっている人たちの無菌文化の中では、はてさてどんなお子様が育つやら。

こうした異文化衝突が起こったときに、自分の不注意を他人のせいにするような人間では困る。

物事をあまりにも単純のモデル化して考えると、大事なディテールを垂れ流してしまうことになる。

さくらんぼ問題・・・・実にいろいろ考えさせてくれるなあ。ちょっとゆっくり時間をとって、山形に行きたくなって来た。

リメンバー911~コーランで混乱させよ


コーランなんか燃やしてどうするのかと思うが、アメリカという国には、そういうことをわざわざ公に宣言する牧師がいるそうで、それを中止したとか、保留したとかで騒いでいる。しかも、この分かり易いタイミング。そんなことを一度言い出したら、それを実行してもしなくても反発を買うだけだ。

あとの展開は子どもでも簡単に予想出来そうなのに、それを「あえて」やるのは、もともと反発を買うことがねらいだとしか思えない。自作自演の911をネタにして、さらにキリスト教の正義とイスラムの大義を対立させておきたい影の力とリンクしているのだろう。

さらにこれを思いつく牧師は、聖書がコーランと同列に置かれ、尚かつそれを侮辱されても気にならないのだとわかる。つまり、信仰なんてありもしないキリスト教徒である。こうしたパフォーマンスでコーランを燃やす行為は、コーラン以上に聖書を冒涜していることに気づくべきだ。

イスラムの人たちもそんなパフォーマンスなんか無視すりゃいいのだが、そういうわけにもいかないのだろう。

アメリカのおめでたき身勝手な人々は、ビートルズのレコードもトヨタの車も、そしもヒロシマやナガサキの街までも何だって平気で燃やしてしまうのだ。そして、挙げ句の果てに自国のビルまで自作自演のテロ攻撃で破壊してしまう。「罪より先に恥を知れ」と叫びたい。

そんな狂気の扇動で己の正当化する茶番を少しも報道しない日本のジャーナリズムもまた糞みたいなものだ。したり顔で偉そうな批評を垂れる電波芸者コメンテーターや茶坊主学者どもには嘔吐が出る。

2010/09/10

そげですね

「・・・であります」という軍隊用語は、指示伝達のニュアンスを単純化して誤解を無くすため、「・・・でありんす」という遊郭用語は、訛りが出ないようにして出身地を隠すために用いられた。

ともに不自然なことばの破壊である。これではことばに「こころ」や「いのち」はこもらない。

ペテロは「そんな人は知らない」と言って嘘をついて主であるイエスを拒んだとき、ことばの訛りでその正体がばれてしまう。

ペテロのことばにはガリラヤ訛りがあった。これは実に興味深い事実である。「確かに、あなたもあの仲間だ。ことばの訛りではっきりわかる」(マタイ26:73)と書かれている。

これは、イエスもガリラヤのイントネーションで日常会話をされた確かな証拠である。「いのちのことば」である御方の日常会話は訛っていたのだ。

よく覚えておこう。日常の暮らしの感覚と結びついたことばは、それほどに大切なのだ。

なぜ、教会用語が宙に浮くのか。全く暮らしの血肉になっておらず、実質がほとんど共有されていないからだ。だから、気色悪いのだ。

世界中のドイツもコイツも、「アーメン」などと言うからいけん。山陰のキリスト者は「そげですね」と言おうではないか。【参考NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」】

こうして考えてみれば、「アーメン、素麺、冷や素麺」と揶揄されるのも、非常に納得できる話である。

2010/09/09

錯乱、某小学校

今週のメッセージで「ことば」そのものが実体に対する条件づけであること、さらに、その「ことば」に個別の体験やイメージがさらに条件づけられて、さまざまな歪みやすれ違いを生むことについて語った。

こうしたバベル以来の「ことば」の混乱は、「いのちのことば」であるイエスの実体を共有する以外にないのである。

さて、来春開校予定の山形県東根市立「さくらんぼ小学校」が校名を変更すると発表した。と言うのは、ほぼ同名のアダルトサイト(サークル私立さくらんぼ小学校)が存在しているからだ。土田正剛市長は記者会見で「児童の登下校時に不審者が現れる可能性がある」と述べたらしいが、今後の展開も興味深い。

「さくらんぼ」という地元の特産品に込めた願いやイメージがとっても微妙に食い違ってしまったわけだ。

「ことば」は難しい。そして、一度「ケチ」のついた「ことば」はどうしょうもないほど堕ちてしまうものなのだ。

もちろん、世間のジョーシキでは、「市立のさくらんぼ」が健全で、「私立のさくらんぼ」が不健全なんだろうが、大人の反応をしているのは、さすがアダルト側の私立の方、問題のサイトを開いてみると、丁寧な挨拶の中に「今後の対応といたしまして、先方様の学校のご意志が変わらぬようでございましたら、児童の安全を配慮し、サークル名の変更を視野に入れることも考慮しております。(子供や保護者の方々を不安にしてまで、名称を貫こうとは思っておりません)」と書いてあった。

意外にこの「さくらんぼ」問題は、奧が深いのだ。

2010/09/08

1リットルの汗

「これが裏だ」と言った瞬間に、それもまた表の一部になる。「これこそが真実だ」という嘘は聴き手のみならず、時に語り手さえ騙すほどよく出来ていたりもする。そして、誤解と理解を差し替えながら、複雑な物語を紡いでいくのだ。

こうして人は日常にリアルな手応えを失っていくと、自意識が肥大化した仮想世界であるインターネットという中で溺れてしまうだろう。

下手をすると日常は、驚くほどバーチャルだったりするので、現実世界では無意識で過ごし、PCに向かうと意識が覚醒するというような逆転生活者がいくらでもいる。

「食べること」「笑うこと」「汗をかくこと」が大切だ。そして、くだらないことこそ一番エライ。最近は毎日1リットル以上の汗をかいているので、そんな気がしている。

2010/09/07

インターネットを使った授業

今年になって各教室に大画面TVが設置され、いよいよPCルームへ行かなくても自在にPCのインターネット画面を教室のTVに写し出せるようになった。

PCや大型TVの導入に関しては、私は基本的には賛成ではない。内需拡大の為に学校が肥大化した供給の受け皿になることには怒りを覚えるし、図書館を利用する力も本を読む力の無い子どもがネット社会に巻き込まれていくことには不安しか感じないからだ。

私は椅子さえあれば、教科書も黒板も別にいらんと思っているくらいの人なので、最新機材の導入を特にありがたいとは思わないが、「情報検索」に関してのみを考えると価値観や方向性を転換すべき時はすでに来ているようだ。それに時代遅れな文句を言っても誤解されるだけなので、私の責任の範囲においては大いに利用しようと決めた。

試しに「月と星の動き」をネットを使って指導してみたが、実に便利なサイトがいろいろあって、黒板に書いているよりも遥かによくわかる。しかし「下調べ」がけっこう大変だ。

近未来にはテキストやノートも紙媒体から液晶化が図られるようになるはずである。

いずれにしても、子どもに意欲がなく、教師に十分な力量がなければ、何を使ってもどうしょうもないが・・・・

2010/09/06

コウモリだけが知っている



教室のベランダにいつも大量の糞を残してはいるが、その姿は見せたことのないコウモリ君。

廊下側の窓枠のところで死んでいたのを子どもが発見して大騒ぎ。

私も手にとってじっくり見たのは初めてなので、面白がって羽を広げたり、口を開いたりして観察した。

初めからコウモリはコウモリであってどっちつかずというわけでもないのに、鳥なのか獣なのかという例のイソップ童話のために不当な扱いを受けてきたコウモリ君。

なるほどよく見ると確かに面白い生き物だ。

2010/09/05

ふたつの太陽



爽やかな夏の朝。朝顔をのぞいていると、蜂のような気分になった。

花の中がとても大きな世界に見えた。




今日も暑い一日だった。

礼拝メッセージの最中にスコールみたいな雨が降った。

雨上がりの空に雲の切れ間から太陽が出て光の線が広がった。

2010/09/04

夜の朝顔



夜の朝顔の蕾はカッコイイ。

そのまま宇宙に向かって飛んで行きそうでもある。

何という充実したトンガリ方であろうか。

それは光に反応して花開くために静かに待っているトンガリである。

こんなところに私の師匠がいたとは・・・・

under the sky



昨日は丸かったので、今日は三角。写真は「ぬく森の郷」の正面の屋根のてっぺん。

私は単純に丸とか、三角とか、四角とのかたちと色の組み合わせが面白いと思う。青い空もとんでもなく青い。窓の外の緑もファイルの赤も美しい。

恵まれた環境で、楽しくオンガク。9月は新曲を5曲準備して行ったが、実際に演奏してもらうと、譜面の段階では気づかなかったことも見えてくる。

参加してくださる方々が、可能性を引き出してくれるので、私も毎回ついつい熱が入る。いよいよ講座も、手探りの段階を終えて、ちょっと方向性が見えてきた。連続講座をずっと右肩上がり出続けていくのは難しいが甲斐がある。

最初は面倒だった譜面書きもかなり慣れて来た。さすがに、もう「楽譜は音楽の敵」と思うことはない。「楽譜ほど便利なものはない」とようやく気づいたかなり時差ボケな私。

2010/09/03

on my ground


炎天下の運動場に置き去られたボールを2階から撮影したら、ボールの影が地球に空いた穴みたいに見えた。ボールは穴に吸い込まれていくようでもあり、穴から飛び出て来たようにも見える。

今年の夏の気温は、全国平均で去年より1.64度高く、統計を取り始めた明治31年以来、過去最高の暑さだったらしい。

まだ9月は始まったばかりだと言うのに、7日ぶりの週末がやけに嬉しい。

2010/09/02

朝顔

律儀に朝はやってくる。

玄関先に咲いている朝顔が何とも美しい。

仕事へ行く朝、私はどんな顔をしているのだろう。

毎朝鏡は見ているが、深く考えることもなく、あわただしく出かけて行くことが多い。


子どもたちの前に立つときは、私の表情は少し変わっていると思う。

多分それは悪い変化ではない。

人は場面ごとに顔を変え、表情を作る。

いったい「誰に」「どんな」顔を見せるのか、あるいは隠すのか。

誰にも会う前の朝の顔が大切だと、朝顔が教えてくれた。

2010/09/01

9月のリコーダー講座


Saltと遊ぶ「楽しいリコーダー講座」

と き  9月4日(土) 14:00~16:00   ピアノ Momo
 
ところ  室生ぬく森の郷(詳細は下記HPで御確認ください)
年内は第1土曜に開催予定です。(10月2日,11月6日,12月4日)

2010/08/31

サヨナラハチガツ

今日のタイトルはUribossa氏からいただいたメールからのパクリ。あまりにも今の気分にぴったりのコピーだったので・・・

カタカナの無機質な感じは、電報っぽくってかなり切ない。オミゴトです。

特に学校現場で働く人間にとっては、8月31日はセンチメンタルな抒情を誘うのだ。そんなことないかな?エッ!もしかして私だけ?

毎年、最後の日はきっちり休みをとって、ゆっくり夏を振り返っていたような気がしていたが、過去の日記を調べてみると全くそうでななかった。前任校ではこの日に奉仕作業をしていたり、仕事で出張していたり、新学期のための書類を必死に作っていたりと大忙し。娘と一緒にY.B.M氏の工房でカホンを作ったのは5年前だった。そして、去年は妻の目の検診に病院へ。何と曖昧な記憶。「曖昧me 甘いんちゃうん?」

悪い夏ではなかった。久々に家族旅行(ひとり欠けたが)も出来たし、音楽も充実していた。いろいろ妨害要素もあったが、マイペースは貫けた。

今年の夏は暑かったが、ホントに辛いのは残暑の中での運動会の練習だ。しかし、想像しただけでも頭がクラクラするなあ。

いよいよ、明日からセカンド・ステージ。バラバラなリズムでやってくる子どもたちを、自然にひとつの流れにのせるのはひと苦労だ。

写真は、スクリッティ・ポリッティというイギリスのユニットが1985年に発表した名盤「キューピッド&サイケ85」のレコードジャケット。何となく突き放したようなクールな音づくりが、けっこう気に入ってました。久しぶり(15年ぶりくらい)に針を落としてみると非常に新鮮。これは、アメリカでは絶対生まれないオンガクだなあ。今、私がやってる音とはかけ離れてはいるけど・・・

2010/08/29

3人寄れば・・・

約1ヶ月ぶりにMomoちゃん、1日ぶりにSueちゃんと会う。2人を室生に迎えてPruneの練習をした。3人とも家も離れているし、スケジュールもいっぱい。なかなか時間を合わせるのが難しい。おまけに9月になれば、Momoちゃんはニュージーランドに、Sueちゃんは香港に行ってしまう。それなのに、10月11日にライブのオファーを受けてきたSueちゃん。しかも、練習日を忘れて別の予定を入れて京都に出かけていた。夜の7時に合流。何とも大らかでタフな人だ。しかし、3人寄るとやはり面白い。多少無理をしてでも集まって音を出す値打ちがあるなあ。次のライブも面白くなりそうだ。

2010/08/28

リッチな立地




それにしても、今年の夏休みはいろんなところで演奏したなあ。

7月31日は田原本カフェ・アルコ
「Salt&Uribossa/真夏の夜のボサノヴァ」

8月1日は丹波市幼稚園
「prune/チャイルドサマーフェスタ」

8月15日は長岳寺
「Salt/平和の鐘を鳴らそう(怒りの鉄弦)」

そして今日、8月28日大阪某所のマンションの40F
「Salt&Vinegar/フォルクローレ&ボサノヴァ・ナイト」
お客さんは招待された10人のみという個人パーティ。
カイピリーニャにも聴きに来てくれたSueちゃんの友達が企画したお世話になった方へのサプライズイベントなのだ。大阪の一等地にそびえ立つ高級マンションの40Fからはすぐ間近に大阪城も見下ろせる。これは都会嫌いの私さえかなりリッチな気分にさせる驚きの立地である。


「○○と煙は・・・・」と言うくらいなので、高いところは嫌いじゃないのだ。NYでは、エンパイアステートビルにも倒壊前のWTCにも上ったことがある。
・・・・と言うわけで、Sueちゃんも私もとてもいい気分で演奏できた。実際は夜景に背を向けて演奏しているのだが、それでも十分に堪能させてもらった。
皆さんにも非常に喜んでいただいたようで、「また是非」とのお声もかかった。40Fまで機材を運ぶのは大変だが、このロケーションの為ならまたやろうかという気にもなる。

2010/08/26

Saltの友情論

ネット上のHNからのお付き合いから始まっても、リアルに肩を抱き合える友人に成り得るという、人間嫌いで付き合いの悪い私にとっては、ほとんど想定外のあり得ない出来事をここ数年の間に経験している。

妻曰く「あなたは無愛想で非常に印象が悪い」そうだが、全くそのとおりなので否定はしない。あえてそうしているわけではないが、「テキトーに話を合わせるような友人なんていらない」という気持ちが根底にあって、そういう佇まいになっているのは間違いない。だが、「無愛想で印象が悪い」私には、実際にはかなりの多くの友人がいるというのも事実。

私が友人と呼べるのは、共有出来る何かがあり、様々な刺激があり、楽しいGive&Takeがあり、共に過ごす時間の中で新しく生まれるものがあるような関係のことである。

接触する時間が長かったり、ことばを交わしたりする場面が多かったりして、相手が親しみを感じてくれていても、私は全く友人だと思っていないこともある。逆も然りで、私が友人と見なされないことも多かろう。そういう人の目に映る私には、何一つ共有するものもなくただ違和感に満ち満ちているのだろうと想像できる。

と言うわけで、残念ながら教育現場には知人は多くても友人が少ない。キリスト教会にはもっと少ない。

2010/08/25

私の十字架

2学期の為の職員会議があり、ぎっしり詰まった予定を確認し、一つ一つの行事の細かい案を検討する。

私は人と相談するのも、計画どおりに行動するのも得意ではない。共通理解とか言うのも苦手で、組織にはすこぶる不向きの人間である。「何で私がここにいるのか」といつでも思う。・・・・などと言っても始まらないので、取りあえず協力せざるを得ない。

意外性のある独自の視点や創造的で奔放な表現など、学校では全く必要とされていない。物事をスムーズに進行させるためには「何も考えないこと」が一番有効だったりするのだ。

そんなことは自分が子どもの頃から知り抜いた上で、あえて教員になったのだから、現場の改革に無駄に力を注ぐ気持ちもなければ、今さら深く失望するわけでもない。

ただ嫌なものは、未だに好きにはなれず、20年経ったからといっても、私の感受性と思考パターンでは「環境に慣れる」ということはあり得ない。「私」という生き物にとっては、最高に居心地の悪い学校という職場で、何とか生き延びる為には、学校不適応な生来の「私」が死んでしまわなければ、教室には居られない。給料をもらうためとはいえ、子ども嫌いの私は、子どもの前で作り笑顔が出来るほど器用ではない。

教員としての私は「新創造された私」でなければならない。だから、私は日々「十字架で死ぬ」必要がある。それが不信仰に私に与えられた神の方法であった。目の前にいる子どもたちにふさわしい教員となる為に、日々新しく創造されることによって、何とか一定の信仰の純度が保たれてきたのだと思う。

2010/08/24

学び合う集団を育てる

私の学校では、学び合う集団づくりの為の授業研究を続けている。今日は2人の先生の授業のVTRを見ながら、子どもの学びがどこでどう繋がり、又、途切れたのかを1日かけて丁寧に検証していった。

一例を挙げると、発達障害のあるA君は授業の導入部では教師の指導を受けて課題に手をつけたものの、すぐに椅子をひきずりながら自分の机を離れ、大きな物音を立て始める。周囲の子どもたちも、何とか授業を続けるが集中力は途切れてしまい、A君も再び学びに戻って来る気配はない。

こういう場面を見せられると、どんなクラスにもいそうなB君、C君の「こんなとき、どうする?」的な話になりそうだが、発達障害の子どもの不適応な問題行動を「集団の質を表現しているのだ」ととらえ、周囲の子どもたちとA君との関わり方や、A君の「わからない」という困り感を生かす授業デザインを作るにはどうすればいいのかを追及していく。

VTRを巻き戻してA君の動きを細かく追っていくと、彼の不安や不満が身体表現として表出する理由やきっかけが教師の授業行為の中にあることが見えてくる。

勿論、A君は発達障害のゆえに、問題行動を起こすのであるが、問題行動を誘発する条件は教師が提供していることが明らかになる。これは見落とされがちな重要な気づきである。

「特別支援というと、発達障害のある子どもが普通学級の中で少しでも単元の課題に近づけるように個別のサポートすることばかりが語られるが、「子どもどうしのつながり」や「集団のあり方の問題」としてとらえることがいかに大切かを痛感する次第である。

昨日、見学した「あおはにの家」なんて、本当はない方が良い施設なのだ。社会的弱者を排除し、切り捨てる価値観に私は決して賛同しない。

2010/08/23

第2回育ちと学びの支援研修会


神戸市で通級学級を担当する4名が奈良「あおはに会」にやって来た。これは、銀じ氏の企画による「育ちと学びの支援研修会」の第2弾として実施されたもの。やるなあ、銀じ郎!

まず生活支援スタッフのI氏からあおはに会の理念や事業内容について説明をしてもらう。I氏はこの3月までハーブクラブで10年間店長をされた方で私も個人的に親しくしてもらっている。 I氏のゆったりとした中にも熱意が感じられる口調は非常に説得力もあり、話を聞きながら、この10年間のいろんなことを思い出していた。

ハーブクラブで食事をした後は、元F1レーサーの片山右京氏が彼自身のことばであおはに会の魅力を紹介するDVDを試聴。それから、実際に施設を見学しながら、作業中の利用者の方々と出会う。

参加された方々は、さすが銀治郎氏に誘われて奈良の山奥までノコノコやって来るだけあって(褒めてるんですよ)なかなか個性的な方ばかり。熱心に話を聞き、見学してくださったので嬉しかった。

後で感想を聞いてみると、スタッフや利用者の明るさと楽しさ、そして、自然な感じに好感を持ってくださったようだ。私も改めて客観的な目線で事業内容を見つめることが出来て新しい気づきもあった。

2学期からそれぞれに今日感じたことを糧として、将来の自立から逆算した「子どもたちの今」をサポートしてくださることと期待している。

カナン教会・9月の予定

8月最後の週は「家庭礼拝」となっており、天理での集まりはありません。

そこで、ちょっこし早めの9月の予定です。

事情により変更がある場合はお知らせします。

昨年もメッセージをしてくれたイギリスのペニーさんが、9月かあるいは10月に再び来日される可能性があります。

5日 メッセージ「はじめにことばありき」(ひねくれ者のための聖書講座⑲)
12日 分かち合い・聖餐式
19日 家庭礼拝
26日 メッセージ「逃れの町」(約束の地カナン⑨)

9月は私も相当忙しくなるはずですが、いつものペースで淡々とやります。午後の2時頃からスタートです。

気軽にお越しください。

2010/08/22

かめさん




ぼくは かめさん きみも かめさん みんな かめさん

りくにすむかめ うみにすむかめ かわにすむかめ いけにすむかめ  


                     Salt&Uribossa「かめさん」より



写真は「水族館に住むかめ」だが、泳いでいるフォルムがかっこよかったのでパチリ。

関西ではスケールの大きいお年寄りは、多少のことは「かめへん、かめへん」と言う。それは「歯が悪くてしっかり咀嚼できない」という意味ではなくて、「気にしない、気にしない」という意味だ。

世界中に棲息するかめのデザインや習性を調べているだけでも、造物主のセンスに驚かさせる。

「かめさん」は、かめへの愛着と造物主への賛美と私の人権感覚を表現したもの。

振り返れば、私は似たようなテーマの歌をもうひとつ作っている。今も幼稚園児や小学生に局地的ブームとなっている幻の曲「じゃがいも」だ。



ぼくのあたまは じゃがいも きみのあたまも じゃがいも 
つちをかぶった じゃがいも いつかめがでる じゃがいも

ぼくのあたまは じゃがいも きみのあたまも じゃがいも 
みんなあつまれ じゃがいも かたちいろいろ じゃがいも

じゃが じゃが じゃが じゃが じゃがいも
じゃが じゃが じゃが じゃが じゃがいも
じゃが じゃが じゃが じゃが じゃがいも

げんきもりもり  じゃがいも
えいようまんてん じゃがいも 
じゃがいも          

            Salt&Uribossa「じゃがいも」より

2010/08/21

地引き網

マタイ13章には天の御国に関する7つのたとえがある。
① 3~9「種まきのたとえ」
② 24~30「毒麦のたとえ」
③ 31~32「からし種のたとえ」
④ 33「パン種のたとえ」
⑤ 44「畑に隠された宝のたとえ」
⑥ 45~46「真珠商人のたとえ」
⑦ 47~50「地引き網のたとえ」

その7つのたとえを締めくくるように「倉のたとえ」が語られ、イエスが郷里で「大工のせがれではないか」と侮られ軽んじられる記事が出て来る。

一つひとつのたとえについて、ここで細かく解説はしないが、ごく簡単にまとめると、この7つのたとえが語るひとつのメッセージは次のようなかたちでまとめられよう。

「多くの人は天の御国の本質を見きわめることが出来ない。しかし、その価値を認めて天の御国のために全てを捨てる人もいる。不自然な力で巨大化したその地上の教会には、毒をもったものや役にたたないものが混じっている。一人ひとりの信仰の真贋が明らかになるのは後のことである」

今回の脱力クラゲの旅では面白がって地引き網体験をした。当然、私のからだは自動的にこのたとえを思い出すようになっているので、いろいろ考えさせられたわけだ。

イエスは当時のガリラヤの庶民がその仕事や普段の当たり前の暮らしの中で見聞きしていることを題材に、とてもわかりやすいたとえを様々な角度から語られたが、別に地引き網なんぞ引っぱらなくても、今日も明日もそこかしこに天の御国の秘密は隠されているというわけだ。

海水浴場にもなっている遠浅の浜にわずかに広げた網だが、けっこういろんな数と種類の魚がかかっていたので驚いた。

ネットに引っかかってくる魚にも「いろ~んなの」がいて当然だ。

2010/08/20

何という暑さザンショ!

           残暑お見舞い申し上げます。

毎日暑い日が続いております。私は海の近くでゆっくりしながらちょっと美味しいものを食しておりました。一泊二日でしたが近場だったのでのんびり出来ました。写真は私が水族館で撮影したものですが、クラゲは本当に力が抜けていて涼し気でイイ感じです。

みなさん、じっとしていても暑いので、あんまり張り切らないようにしましょう。無理をすると他人に攻撃的になります。熱中症対策には、水と塩分を採ることが不可欠です。

2010/08/18

大阪の中の沖縄

37度を越える酷暑の中、大阪市大正区のフィールドワーク。一日かけてご案内してくださったのは関西沖縄文庫の金城馨氏。

大正は区民の4分の1が沖縄出身だが、その背景には沖縄の人たちが肩を寄せ合ってコミュニティーを形成せざるを得なかった差別の歴史があった。 金城氏は沖縄2世。他の府県の出身者が他の地方に移り住んだからと言って、奈良2世とか京都3世などとは言わない。


琉球の歴史を日本史の中に正しく相対化する作業は戦後65年行われてはいない。 今年2010年は、朝鮮戦争60年、安保改定50年、コザ暴動40年にあたる。戦後初の政権交代によって、 戦後の歴史を縛って来た鎖を解放するチャンスも皆無ではなかったが、鳩氏の説く「友愛」は、自己保身と奴隷根性を包む美辞麗句に過ぎないことが明らかになっただけ。

金城氏のことばは哲学的で多くの点で共感できた。

「未来を語るには過去を整理する必要がある」「正義を掲げると間違いを犯す」「人間は間違いに気づいてそれを正すことしか出来ないし、それさえも本当に正しいかどうかはわからない 」「正義は人を傷つける」「正しいことを語り合うと相手を否定するだけ」「正義をより強い力の正義が押しつぶすのが戦争だ」「マジョリティーがマイノリティーに理解をしめすことには暴力性があり、マイノリティーがマジョリティーに理解を求めるためには迎合と同調を重ねることになる」 「正しいことを語りたがる人の話なんかマトモに聴くに値しない」

2010/08/15

茶色い戦争ありました

天理ユネスコ協会が主催する平和のコンサートにお招きいただいて演奏して来た。 今年で4回目である。毎年8月15日の終戦記念日に行われるのだが、振り返ってみれば一度も雨は降っていない。

去年はmomoちゃんと一緒にOZ-Mayで演奏したっけ。そして、そのまま、大宇陀のお祭りに出演された野田さんのグループの演奏を聴きに行ったなあ・・・・・。

さらにその前の年は、このライブを終えてから大急ぎでLukeさんとエシュコルさんを室生まで迎えに戻って、針でKoji君やemiさん、Dr.Kさんやリチャードさんと合流して、ハーブクラブでランチしてから、さらに工房でコンサートをやったなあ・・・・・。

そうそう一番最初の年には、もう社会人になった教え子の女の子たちが来てくれて、彼女たちも一緒に打ち上げにも参加してくれたなあ・・・・・・。

「来年もよろしくお願いします」と言われて4年続いてきたのだが、今日は「これからもずっと頼みましたで」に変わった。

そんな先のことまでわからないが、演奏する方としては、続けてお声がかかるというのは、決して悪いことではない。




サーカス  中原中也『山羊の歌』より


幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処でのひと盛り
今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さか)さに手を垂れて
汚れた木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
安値(やす)いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら)
夜は劫々(こうこう)と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

2010/08/14

平和の鐘を鳴らそう 

「平和の鐘を鳴らそう」 天理ユネスコ協会主催

8月15日 午前11時~ 
Saltによるアコースティック・ライブ 「怒りの鉄弦」
場所 長岳寺 (天理市柳本町)

平和への願いや現状への怒りを込めて、久しぶりにソロでスチール弦のギターをかき鳴らしつつ歌います。中原中也や金子みすずの詩に曲をつけたものや沖縄の歌を中心に演奏する予定です。

http://www.chogakuji.or.jp/ 【長岳寺】

終戦記念日を前に

敗戦によって精神的支柱を失った日本人は、国を挙げて過去の歴史の全否定を行い、GHQが敷いたレールの上をひた走り、その徹底ぶりと勤勉さのゆえに諸国が驚くほどの脅威の発展と回復を成し遂げはした。しかし、それがいかに虚しくくだらないことであったか、65年経った今、さすがに多くの国民は気づき始めている。

高度成長時代に生を受けた私は、「今をがまんすれば明日はきっとよくなる」という冗談みたいな神話を叩き込まれて育ったが、幸い私はひねくれていたので、そんなくだらない嘘は十五で見破った。

誰かが描いた絵の中のピースになるのは御免だ。予定調和的な言動をして同調してたまるか。墨を塗られた教科書より、初めから墨を塗る必要もない教科書なんて、もっと怪しいと思った。

受験戦争の規律を守って従軍するなんて、ゼロ戦や回転に乗って敵につっこむほどアホらしいことだと思った。

高学歴にも優良企業にも興味がなかった。そんなもんに飛びつくのは、ジープからまかれるチョコレートを我先にと欲しがるガキじゃねえか。

何もかもが嘘っぽかった。

「モダンタイムス」や「独裁者」なんていう映画を撮ったチャップリンや、「人類に進歩も調和もない」と言ってテーマとは正反対のオブジェを建てた岡本太郎や、「イマジン」を歌って子育てのために引きこもったジョン・レノンは、他の連中より、ちょっとだけ本当に近いことを求めているんだと思った。アートの中には自分が正直になれる居場所があると感じていた。

表現を突き詰めることは私の人生の大きなテーマとなったが、「信仰」は表現の必要感と質を一変させた。

私はこともあろうに、激しく忌み嫌った「学校」という現場に置かれるという予想だにしない展開を受け入れ実に25年。無作為にサンプリングされた母集団としての子どもたちやその家族と出会うことになる。

この現場での数々の出逢いが、私の価値観を整理し、感受性を研磨することとなる。自分の表現世界にひきこもっていては得られなかった生きた情報を得ることが出来た。

戦争を知らない子どもたちは、もっと深刻な敗戦のダメージの中で育ったのだ。「平和ボケ」ということばがあるが、自分たちが享受しているものが、何なのかわからず、やりたいことが何もない・・・・なんていう若者の現実は、確かに、朝飯食ったかどうか忘れて徘徊するボケ老人と変わらない。

今、子どもたちは、かつてどの世代もが経験したことのない不安と絶望の時代を生きている。

援助交際をするのは目先のお金が欲しいからではなく、フリーターになるのは将来の夢を追っているからではない。もっと大切なものを彼らは既に失っており、その替わりを得る希望もほとんどないのである。

私はかつて、左寄りの人が多い職場で職員旅行の担当をしたとき、指宿温泉へ連れて行った。知覧の特効記念館に立ち寄る為である。10代の兵士たちは、歪んだ軍国主義教育と戦時下の様々な制限の中で、両親への感謝と家族への思いにあふれる遺書を残している。

「教え子を再び戦場へ送るな」という教職員の合い言葉は表面上間違ってはいない。それは「二度と過ちを繰り返しませんから」という原爆慰霊碑の主語なしの呪文と似ている。戦後民主主義教育は、戦場では役に立ちそうもないわがまま勝手で根性のない子どもを育てる仕事を請け負って来たに過ぎないのではないか・・・私はそんなメッセージを同僚たちに投げかけたかった。

ろくに挨拶も出来ず、不誠実で義務をはたさず、口いっぱいに自己主張ばかりする子どもたち、大半の子どもは、戦場に出ても任務に堪えることなど出来まい。どんな反対意見も押しつぶす子どもの現実を軽く見てはいけない。こんな子どもを育てたのは、戦後生まれの頭の悪い大人たちである。

直接戦争を体験した世代は、もうすぐ誰もいなくなる。今の世代が次の世代のために受け継ぐバトンの重さが大切だ。

どんな時代のどんな場面でも、人の心の自由は守られている。何を動機とし、何を見つめているか。それが問われる気がする。

2010/08/13

まな板の上の恋

人間ドックに行ってきた。CTの機械に入れられる様子がパンに挟まれるソーセージを連想させるので、そう呼んでいるわけではない。ドック(dock)は船を修理・点検する施設のこと。人間ドッグ(dog)ではない。

思えば半世紀近くにもなる人生の航海でずいぶん私の船もポンコツになってきたものだ。とはいえ、まだまだ渡るべき海はたくさん残っている。このまま難破船になったり、むやみに沈没するわけにはいかない。

今年は妻と一緒に行くことが出来たので、何か夫婦の記念イベントのようでちょっと楽しかった。今回利用したグランソール奈良は、リゾートホテルのようなつくりであまり病院っぽくないのがいい。検査後の食事もまあまあ良く、食後のドリンクもコーヒーの他にハーブティ―を選べる。エルダーフラワーをチョイスした。

とはいえ、人の言いなりになって身を委ねるのが苦手な私。検査着を来て、「まな板の上の鯉」状態で指示通りに動くのがどうも・・・・

人間ドックと言いながら、病む「人間」ではなく、「データ」を集めて読むだけだなあとしみじみ感じる。

扉の向こうでバリウム飲んでいる妻を思いつつ、これまでの航海の道のりを振り返る。そりゃ、船体も凹んだり、帆もところどころ破れたりするわなあ。

「人間」もからだは船と一緒で、点検・修理は必要だ。「霊」だの「魂」だの言わずにとりあえず「からだ」はもう少しいたわらないと。

私は最期の瞬間まで元気に生きますよ。死ぬまで右肩あがりがモットーですから。

http://www.grandsoul.co.jp/ 【グランソール奈良】

2010/08/12

Saltの社会学

学校的価値が学校空間から滲み出し、過剰な影響力を持って社会全体に浸透していることを社会学用語では「学校化社会」と呼ぶ。70年代にアメリカのイヴァン・イリイチが言い始め、日本でも宮台真司や上野千鶴子がよく使っているが、私はいかにも「社会学的な」この表現をあまり好まない。

社会と学校がフラクタルな関係にあることは、私もしばしば述べてはいるが、社会学者が、自分の脳みその中にことばの地図を作るためのつけた記号に、誰もがお付き合いすることはないと思う。

しかし、本来学歴などとは関係のない「芸」を競うはずのフィールドで生きている人たちが、どうでもいいような雑学クイズに答えて「さすが○○大卒芸人」などと言って感心する構造があることに強い嫌悪感を持つ。

「学校化社会とはよく言ったものだ」と言いたくなるのだろう。

「受験戦争」という表現も笑ってしまう。「意欲さえあれば平等に学べるチャンスが与えられていることを、戦争などと表現すべきではない」とも言える。受験を否定するなら、「旧帝国大学」の出身者は、それこそ永久戦犯である。

偏差値身分制の支配する構造の中で、「個性ある人材を」などと言って、毒にも薬もならないようなのっぺりした人格の先生たちが教室の中で語る理想などおとぎ話にもならない。

実際は偏差値で輪切りにされて、それを嘘っぽい綺麗事で覆われてきた子どもたちは、見事に学校的権威を内面化させ、ろくに中身もないのに、一流(と言われる)大学に合格したから自分も一流になったように錯覚するか、「どうせ俺たちは」「所詮私たちなんか」と卑屈になるかに両極化し、その間には8割強の中流馬鹿が烏合の群れを形成することとなる。

インターネットの普及によって、学校はほぼ完全に知識や情報のセンターとしての意味を失った。どこへも行かず、誰とも会わなくても欲しい知識ならPCから得ることが出来る。そうした意味では、これまでとは全く違った時代が来ている。

学校は勝者の既得権益を保持するためにだけ、その不愉快な構造を残しつつ、ますます空洞化していき、社会のストレスを蓄積させながら崩壊を早めるだろう。

すべてをクールに見つめ、尚かつ笑い飛ばせるなら、少しだけ希望が見える。

職業洗濯の自由ハ・ハ・ハ~ン♪

自営業の友人たちと話すことが多い。

彼らの苦労話を聞くと「大変だなあ」と思うが、逆にちょっと羨ましくもある。

友人たちの仕事への熱意や誇りは半端ではない。

正直、私は自分の仕事(教育)にはそこまでの思いはないと告白せざるを得ない。

「自分が自由に使えるまとまった時間」「他者の介入や力によって分断されない時間」を持っていることは、財布にお金があるよりも豊かなことだ。

組織に帰属して労働力を提供することによって代価を得るには、知識や技能だけでなく、「自分の時間を売ること」が含まれていることが多い。

私が県から給料を得られているのは、すぐれた知識や技能を提供しているからではなく、自分の時間を売っているからだ。私の指導内容よりも出勤簿の押印の方が大切なのである。それが公務員の世界である。

逆を言えば、時間さえ売っていれば質を問われない甘い世界でもある。(まあ、実際はそう甘くもないが・・・・)実にくだらない。

自分の知識や技能に見合う代価を求める世界に身を置くことへの憧れはあるが、その対価があまりにも割に合わぬものであることへの苛立ちを感じるのであれば、自分の今の立場は確かに今の自分にふさわしいように思える。

日々の糧を得る手段として、イエスは大工をし、パウロは天幕を作った。この事実は決して軽く見てはいけない。

彼らが選んだ仕事の質や時間について考えるべきである。

また、その反対に職種を問わず、神の学びは全ての人に開かれているという面も忘れてはならない。

イエスに賞賛されたあのローマの百人隊長は、極めて現世的な仕事の中で、神を信じるということに関する霊的な本質をイスラエルの教師たちより豊かに学びとっていた。

どんな仕事をしていても、「自分の納得」が大切だ。その納得は「妥協」ではなく、少しでも「満足」に近いものであるべきだ。

大切なことは優先順位と動機である。短い盆休みだが、ちょっと仕事を見つめ直し、心を洗濯しようと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=hBZH6Ozc73I 【1989の懐かCM】

2010/08/11

新屋英子さんにおにぎりもらう

新屋英子さんのひとり芝居「ヒミコ伝説」を観に行く。以前はこの枠の企画責任者だったので、夏休みは4回の大きな講座と部会ごとの集まりとその段取りで大変だったが、一参加者というのは、その時間だけ座っているだけなので全く気が楽。

それでも「元事務局長は3列目より前に座るように」とスタッフに促され、なぜか最前列に。

芝居の中で新屋さんがおにぎりを食べるシーンがあり、最前列に座っていた私は劇の中に招き入れられ、おにぎりをもらった。私もアドリブでお茶をつぎ返したりしてそれに応じた。「ヒゲの兄ちゃん」とか言っていじられてしまった。

私の隣では、いつも「アースデーならsouth」で一緒に司会進行をお手伝いしていただいている酒井ひとみさんがおられ、私が芝居に巻き込まれたのに大いにウケていた。彼女は新屋英子さんに憧れ、長年の夢であったひとり芝居をついに今月22日に橿原で上演されることになっている。 それで、新屋さんへのご挨拶も兼ねて今日は観に来られたのだ。

それにしても、81歳とは思えないエネルギッシュな演技であった。

若い保育士などもけっこう来ていたので、時代を共有していない世代にとっては、正直共感しにくい部分もあったと思うが、ひとつの時代の「生き証人」としていつまでもお元気で活躍して欲しい。

【新屋英子さんプロフィール】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B1%8B%E8%8B%B1%E5%AD%90
http://homepage3.nifty.com/nobinokai/



ひとり芝居 矢車草 酒井ひとみ 
8月22日(日)開場13時 開演13時30分  
会場 奈良県社会福祉総合センター大ホール(近鉄畝傍御料前東出口スグ)
参加費 500円 上演協力 劇団ひーとびーと

2010/08/10

Musica

慣れない主夫疲れか、イマイチ体調がすぐれず・・・・・うまいことに、今日は久々に仕事はオフ。

ギターとピアノに向かって、いろいろアイデアを練っているうちに元気回復。

月末のSalt&Viegarのライブに向けて、Sueちゃんのために1曲作った。タイトルはMusicaとした。シンプルにオンガクを喜ぶ内容だ。来るべき世界で私はどんな歌を歌っているのだろうか・・・・

一方では9月のリコーダー講座のテキストづくりも進める。受講者のニーズもレベルが高くなってきたので、毎回、新鮮かつ美味しいものを準備するのは大変だが、私も勉強になる。

やっぱりたまに休みがあると全然違うなあ。

2010/08/08

にわか主夫

わが家の女子ふたりは、ただいま電気屋さんのところでお世話になっている。娘の用事に妻が付き添って伊那へ行ったのだが、戸隠まで足を伸ばして、さらに羽まで伸ばしているご様子が送られて来た。しかし、なかなかいい写真だ。

「戸隠はいいですね~というか、この家とここがいいです」というメールが妻から送られて来た。さらに文末には、一泊のはずがさらにもう一泊すると書かれているではないか。 おいおい。

妻も娘も家のことはいつもよくやってくれているので、たまには、ごゆっくりどうぞ。おふたりが不在の時くらいは、料理くらい作りますよ。私だって・・・・・。というわけで、親よりデカクなった腹ぺこたちにちゃんとおいしいものを食べさせました。

さて、晩ご飯のメニューは、薩摩モチ豚の生姜焼き、もやしのターメリックソテー、トマト素麺。「トマト素麺」というのは、Uribossa氏に教えてもらたったのだが、つゆにトマトをすり下ろすと、これが実にサマーでサワー。ちょうど庭で収穫したばかりのトマトを贅沢にすり下ろして「つるるん」っと。これがやりたくて、わざわざ教会の帰りに特級品の三輪素麺を買って来たのだ。

電気屋さん、ありがとうございます。

2010/08/07

愛のリコーダー

 昨年に引き続いて神戸での「出張リコーダー講座」を頼まれていたのだが、日程調整がうまくいかず今年はキャンセルとなったので、ちょっと残念に思っていた。 しかし、今日は、銀じ郎氏が神戸から同僚のN氏を伴って参加してくれたのでちょっと嬉しかった。
 前回、小グループで演奏の仕方を工夫してそれを発表して聴き合うワークを試してみたが、それがけっこううまくいったので、今回もやってみた。
 
 1人で吹くのと、2人で吹くのと、3人で吹くのと、5人で吹くのは全然違う。そして、一人ひとりが曲の特徴をとらえて、自由に表現の仕方を考えることは、指揮者の指示で音楽を作る楽しさとは異なっている。

今日は、リズム(律動)とビート(拍)のおさらいと、サウンド(音)とメロディ(旋律)のお話。コード(和音)やハーモニー(和声)にまで話は及ばなかったが、細かく詳しく話せば、いくらでも話は膨らむ。

概論が終われば、もう少しマニアックな話もしてみたい。

今回、新しく準備した楽曲は4曲。既習曲4曲と含め、2時間8曲を演奏。曲の間にレクチャーを挟むのでいつもながら、盛りだくさん。初参加のN氏も「こんなにいっぱい演奏するとは思わなかった。シャワーみたいに音楽を浴びられた」と感想を述べてくれた。

新曲のうち2曲は練習用だが、もう2曲はまずまず完成度も高いので、またフルーティ菅野くんやSueちゃんにも吹いてもらいたいところだ。

野田さん&赤星さんの再登場も待たれるところだが・・・

今日は終盤にバイクに乗ってY.B.M氏が現れた。

毎回いろんな人たちが入れ替わり立ち替わり現れるのが、この講座の面白いところ。

宇陀市在住で、某中学教頭となられたサックス奏者が来るのもいいかも知れない。今度声かけてみよっと。

2010/08/06

三線でハイサイ

私の学校では毎年8月6日は、平和のための集会を持つ。

体育館で全校の集まりを持ってから、それぞれ希望のコースに分かれてワークショップを行った。

絵手紙を描いたり、戦争体験を聴いたり、チヂミを作ったり・・・

私は、三線のコーナーを担当。沖縄の歴史と音楽について簡単に解説してから練習した。私が君たちの頃には、沖縄に行くのにパスポートが必要だったと話すと、驚いていた。

いきなり曲を弾けるようになるのは難しいので、初めて三線に触る子たちのためにテキストも作っておいた。

おかげで、参加した子どもたちも興味津々!

「楽しかった」「もっとやりたい」

子どもたちから、こういう声が返ってきたら大成功だ。

2010/08/05

「休み」なのに休んでいない

毎日、半分遊んでいるようなダイアリーだが、実はそれも全部仕事だったりする。

ところで、夏休みに入ってから休んだのはたった1日だけ。

昨日は、午前中は教育相談。午後は研修講座。
今日は、午前は作業所訪問。午後は平和集会の準備。
でも、そんなことを自慢しているわけではない。

私も教員に研修させるプログラムを担当していた時期もあり、自分自身も各種研修の講師として招かれることもあるので、「どうでもいい内容ばかりだ」とは言いにくいが、どんな研修も「各自が自由に休むこと」より高い価値があるわけではない。他人にあてがわれた目標に何の疑問も感じずに邁進出来るのは、頭が悪い証拠だとしか思えない。

私は、子どもも教師も「休みは休むべきだ」と思う。約束は「9月にまた会おう」で、宿題も研修も何ひとつなしで、いっさいの義務を負わせないのが一番いいと思う。

各自が好きなように過ごせばいいのだ。それで自堕落になる奴はとことん自堕落になればいい。それもまた大事な選択だ。真面目がエライなんて誰が決めた?

想像力や創造力が乏しいと、とにかく何かやることがあることが重要になる。誰かに申し訳を立てるように無駄に時間をつぶし、意味のない書類を積み上げる。

どんなくだらないシステムも私の心の自由までは縛れはしない。私は何をやっていても密かに愉しむ術を心得ている。さて、明日は全校登校日だがどうやって遊ぼうか?

2010/08/03

暑中お見舞い申し上げます



ランニングコースの終点と決めているポイントから、

少し奧に入ると木々に囲まれた涼し気な渓流が流れる。

上を見上げると織りなす緑の奧に青空が見える。

太陽の光が透けた葉っぱの緑が本当に美しい。

眩しい真夏の光にきらめく水面に足をつけて、しばしの涼を味わう。


2010/08/02

週末は笛を吹こう!

8月7日(土)14:00~16:00
Saltの「楽しいリコーダー・アンサンブル」


場  所 室生ぬく森の郷 学びの部屋にて(宇陀市室生区)
参加費 1500円 

なお、当施設では300円で入浴できます。
今回はリズムについてのおさらいと新しいトピックでレクチャーします。

フルートの貴公子K君は現れるのか?

http://www.city.uda.nara.jp/nukumorinosato/index.html
(室生ぬく森の郷HP)

再び洋画教室へ

                                                                                          再び洋画教室へ。

今日は美術専科の為の講座である。大阪、和歌山からも中学・高校の美術の先生たちが来られていた。

例年になく自己紹介から始まり、最後には作品の前に立って喋るという場面もあった。


小学校の教員で、しかも図工・美術に関わってさえいないのは私だけ。和歌山から来られた先生たちは、自分たちでモデルを雇って毎月描いていると言う。

私以外の参加者は高校でも美術を専攻し美大や芸大でも学んで来た人たちだ。

高校でも音楽を選択した私は、よく考えれば美術は義務教育しか受けていないではないか。

そんなわけで、わかりっきったようなセオリーも、何となく身につけて来ただけで、かたちの取り方や色の配合も、そう言えば誰からも一度も習った記憶がない。 よく考えたら音楽だって誰に習ったわけでもないなあ。Artなんて人に習うもんじゃない。

                   
金曜日にちょっと感覚を取り戻せたので、今日は思ったよりも手が動いた。

1枚をじっくり描き込む人が多かったが、私は欲張って、午前と午後、別の角度から2枚描いて透明水彩で薄く着色した。これを1週間続けたら、ちょっとマシな絵が描けそうな気がする。

2010/08/01

チャイルド・サマー・フェスタ

数年前に校区の幼稚園の卒園式の歌を作らせていただいたのだが、今年は夏祭り「チャイルド・サマー・フェスタ」に招かれた。学校への講師依頼が来たので、お仕事しての出張である。

今回はPruneのメンバーで行かせてもらうことにした。グランドピアノが使えるということで、Momoちゃんもハイテンション。フロントにはSueちゃんに立ってもらい、リードしてもらった。私は歌わず語らず、黙々とギターを弾いて、ジャンベを叩いた。

小さな子どもたちを相手に演奏するのは久しぶりだ。卒園式に歌うチャイルド・チェーンだけでなく、ジャガイモもよく歌ってくれているということなので、チャイルド・チェーンはMomoちゃんに、ジャガイモはSueちゃんにリードしてもらって子どもたちにも歌ってもらった。

幼児向けの歌も、一度きちんとテキスト化しようかな・・・・

2010/07/31

真夏の夜のボサノヴァ

7月最後の日は、「真夏の夜のボサノヴァ」と題して、カフェ・アルコでの3度目のライブ。

近隣の地域のお祭りなどとも日程が重なった中だったが、満員のお客さんの前で、気持ちよく演奏することが出来た。磯城郡やお隣の橿原・桜井市周辺のお客さんが中心だが、大阪から来てくださった方もおられた。


少年時代を過ごした田原本でシーズン毎に演奏させてもらえる場所が出来たのはとても嬉しい。 しかも、ここは元SIGN工房でもある。 いろんな想いがこみあげる。

今回は夏を意識した選曲。最初は「浴衣を着ようか」という 話もあったが、「短パンにアロハで」となった。

お客さんも、静かにボサノヴァを愉しんでくださる方ばかりで、非常にありがたかったなあ。

2010/07/30

洋画教室に用があって

Uribossa氏の母校が主催する洋画教室でのデッサン修行に行って来た。ここ数年は夏の恒例行事になっている。 日々のクロッキーやデッサンを怠ると、描写力は衰えるばかり・・・わかってはいても時間もなくて、たまに作品は描いてもきちんと基礎練習など全くしていない私。最低限、自分に課したルールとして、毎年これだけは行くようにしている。



しかし、なかなか描くモチベーションが出来ない。私は元々描きたく無いものは描きたくないし、描きたくない時にも描きたくない人なので、「みんなでイーゼル並べて」「あてがわれたモデルやモチーフを」という情景がすでにしんどい。

そんなことを言ってずっと描かずにいると、本当にただの下手くそになってしまうので、ここはひとつ真面目に描いてきた。

2010/07/29

ギャラリー夢雲


私の住む室生にはいくつかのギャラリーがあるが、私の一番のおすすめは向渕にある「ギャラリー夢雲」である。ご近所ながらオーナーは毎回DMを送ってくださっている。にもかかわらず、なかなか足を運ぶことも出来ず失礼が続いているのだが、いつも顔を出すと温かく迎えてくださる。

今日は、「カリンバ・山下光雄/珍獣画陶・中山昌果」の展覧会のスペシャルイベントとして、ロビン・ロイドさんのコンサートがあった。


ロビンさんは、山下さんがカリンバを作り始めるきっかけとなった人で、カフェテラスNZにもゲストとして来てくださったことがある。 そんなつながりもあって、私はPAスタッフとして参加させていただいた。こういう裏方仕事もけっこう楽しいものだ。

不思議な空気やオーラを漂わせる人たちが次々に出入りする。そういう人たちを見ているだけで面白い。面白い人はまた別の面白い人とつながっているものだ。

けっこう高価な作品も次々売れていく。山下さんも中山さんも、それぞれに見るたびに作品が良くなっているので、売れて当然とは思うが、オーナーの魅力やギャラリーの場の力も大きい。「ふるさと元気村」ではこうはいかない。

ロビンさんは、カリンバや民族笛を使った即興演奏でコンサートを作っていく。「世界中のミュージシャンを集めても、楽譜が読める人、使う人の方は20%もいない。音楽は学校で教えるものではなく、初めから人の中にあるもの。私の今演奏した曲は皆さん初めて聴かれたと思いますが、私も初めて聴きました。」そんなMCをしながら、山下さんのカリンバを自在に操って、雨あがりの匂いを感じる山の音を奏でていた。

2010/07/25

今年度は粘土で父カエル


もうすぐ大阪市立美術館で開かれる私学美術展に出品する娘の粘土作品だが、カエルのモデルが何とSalt氏だそうだ。

カエルはどうやら酒を飲んでいい気分になっている様子。

やれやれ。まさに父カエル。

過去2年は油絵を制作していたが、今年はなぜかこうなった。

あれだけ好きだった吹奏楽をあっさりやめてしまい、さらに大好きな美術を選んだが、大学は芸術系は嫌だとのこと・・・・

猫をお洒落な町中に置くのではなくて、ユーモラスなカエルと組み合わせるあたりは、さすがにカエルの子はオタマジャクシ・・・



池の中のザリガニや蚊取り線香も苦もなく作っていた。こういう細かい作業は大好きみたいだ。

猫は娘の化身だろうか。猫とカエルの間の蓮の池が妙におかしい。まるで童話の一場面のようだ。

これを見る限り、あまり恰好の良い父親像ではないが、どうやらそんなに嫌われてはいないようだ。

面白がってブログにアップしているのを見つけたら何と言うかな?

2010/07/24

アナクロでアナログな私

数ヶ月ぶりの休養日。

久しぶりにレコードをかけた。

本当に何年ぶりだろう。

レコードをかけるという一連の儀式的行為やターンテーブルが回っている様子などが何ともいい。

改めてジャケットの大きさを確認。CDだとジャケットデザインをLPレコードほど意識することはなくなった。この大きさは大事な要素だったのだ。

私はアナクロでアナログ嗜好が強い人間である。

アナログというのは、元々「類似」「相似」という意味の英語だ。LPレコードはアナログの代表選手。ご承知のように(若い読者はレコードの音を聴いたことがない人がいるかも)レコードには細い溝が刻んであって、その溝をレコード針がトレースして音を再生する仕組みになっている。この溝の刻まれた壁面の波と音の波が「類似」「相似」であるという訳。

消耗品である針が、同じく消耗品であるレコードの溝を読んで波に揺れながら針が振動して電気信号を検出する。この信号は極めて小さいのでアンプで増幅し、スピーカーから音を出す。ここでスピーカーから出る最終的な音は空気の波であって、これがレコードの壁面の波と「類似」「相似」なのだ。

私は時計もアナログ派である。アナログ時計は、針が連続的に動いて時刻を表示するのに対し、デジタル時計は、1秒なり1分なりといったまとまりを数字で段階的に表示する。

実際の時間は「連続的に」進んでいるので、これを「連続的に」表示するアナログ時計が私にはわかりやすい。音楽も時間芸術なのでやはりアナログがいいのだろうか。

車やバイクのスピードメーターのデジタル化があまり歓迎されないのもよくわかる。音楽には始まりがあり、終わりがある。スピードやリズムがあり、音にならない音楽が大事なのだ。

レコードは長時間聴いてもCDより疲れない。同じ音量で聴きながら仕事をしていても邪魔になる感じが少ない。




ちなみに使用したレコードは・・・

MILES DAVIS/ kind of blue
CAROL KING/one to one
松田聖子/the 9th wave
大貫妙子・鈴木茂・細野晴臣/on the beach

2010/07/23

飴と無知

日本政府は来日した金賢姫をVIP扱いしたが、拉致に関する新たな情報は何ひとつ得られなかった。韓国は、米韓の軍事演習を目前に日本を取り込む為のカードとして、金賢姫をこのタイミングで出したわけだが、菅さんはその当たりをどう考えているのか。

日本は事前に何の情報収集もなく、ただ政権の人気取りの為に元死刑囚を国賓扱いしたのであれば、拉致問題解決に向けてはかえってマイナス効果であろう。「飴と無知」と揶揄される民主党政権だが、鳩山さんから菅さんにバトンを渡しても、見通しは暗い。

日本では緊迫する中東情勢よりも、連日「大相撲がどうのこの・・・」といった類のことばかり。悪いのは菅さんだけじゃないなあとしみじみ。

少し前になるが、野中さんが内閣官房機密費の使い道を暴露してしまった。私は野中さんが秘密を漏らした事実以上にその内容にはもっと驚いた。誰もがうんざりするようなこの国の中で、しょうーもない目先の利益にしがみつく構造を支えるためにのみ、血税が蒔かれていたのである。(野中さんは自分の出自についても明言している人なので、発言の信憑性はかなり高い)

イスラエルのモサドがどんな金の使い方をしているかは知らないが、まさか日本の機密費のようではあろうはずはない。

カプセル化された箱庭のような国ニッポン。絶望しきること以外に希望がないではないか!(私の場合は、村上龍よりは信仰の分だけ少しだけ前向きな表現になるが)

モンゴル人力士が孤軍奮闘する大相撲は、何かあるごとに「国技」「国技」と言われる。いじめによる弟子殺し、八百長、賭博、外国人の台頭・・・等の現状を見れば、確かに「ニッポンの国技・大相撲」という感じがする。

2010/07/22

ヨブを呼ぶ声

彼らは彼とともに七日七夜、地に座っていたが、誰も彼に話しかけなかった。彼の痛みがあまりにもひどいのを見たからである」(ヨブ2:13)

ヨブの友人は十分いい奴等だったが、不愉快な役立たずの慰め手にしかならなかった。

彼らは、「教訓」を語ったからだ。

私たちは、人に適用する「教訓」ならうんざりするくらい豊かに持っている。私なんぞ「教師」の類は特に・・・・・

吐き気がする。説教など語るも聴くもうんざりである。

苦しみや哀しみの渦中にいる友や兄弟には、実際「何も言えない」
ただ「何も言えない」しんどさを七日七夜明けても共有していられたらと思う。

主は、御自身が造られた創造世界の素晴らしさをヨブの疑問とは無関係に語られたけれど、答えにならないその答えこそが唯一の答えだった。

苦しみには必ず意味がある。意味がわからなくても意味があるとわかることは力強いことだ。

ヨブは答えを聞いて納得したのではなく、答えを持っておられる御方を信じたのであり、その答えの前に「全ての苦しみを贖う御方」のリアリティーをその苦しみのただ中ですでに味わっていた。それはそれ故なく苦しんだ者の特権である。

私たちは人生の苦しみに対して無力である。しかしながら、その苦しみの中にあるからこそ、自らが神から慰めを受けた事実によって、苦しみの中にいる人を慰めることが出来るのだとパウロは言う。(Ⅱコリント1:4~7)

(キリストの)苦難のあるところには慰めがあふれる。それは理屈ではない。法則である。

そうとも、キリスト者に起こることがキリストの苦難でなくて何であろうか

2010/07/21

夏はクールダウン

終業式が終わって体育館から帰ってくると、通知票を渡す時間。クソ暑い中、わかりきったような野暮な話もよろしくないので、子どもたちに1学期を振り返ってのコメントをしてもらった。

「跳び箱が跳べるようになった」「わり算がわかって算数が好きになった」「バタフライが出来るようなった」など、全員が自分のことばで自分の変化や成長を語っていた。

個人懇談が始まる。親たちの要望をかなり聞くようになったとはいえ、紙切れ1枚で、保護者を順番に呼び出すのだから、「学校」というのはずいぶん偉そうなものだといつも思う。

せっかくの機会なので少しはまともな情報交換をしなければとあれこれことばを選ぶ。「聞きにくいこと」や「言いにくいこと」の中に真実がある。十分な信頼関係がないまま、そうした中身に踏み込むことは出来ない。

相手に受け止めてもらえるボールを投げなければ、キャッチボールは続けられない。
あせらず、のんびり行こう。1年はまだ半分以上残っている。

それにしても暑い。

みなさん、熱中症にご用心。何事にも熱くなりすぎてはいけない。夏は特にクールにいかないとね。

2010/07/19

セルフポートレートとしての写真




写真というのは、写す対象が何であろうと、それは一種の自画像である。

「写真に神話などない。情報が写っているだけ・・・・」とY.B.M氏は言った。

それは、私を取り巻く外部の情報であり、私自身の内部の情報でもある。そんな風に私は受け止める。

誰でも、シャッターを押すだけで写真は撮れる。そんなものにたいした優劣も、繊細な表現もないと思っていた。しかし、テキトーにシャッターをきったものであっても、私が撮ったものはどう考えても、「私が写したかったもの」である。それは、「私が残したかった時間」や「私が心動かされたもの」だ。

茶話会に参加された一人ひとりの作品を見ていると、そこには彼らの映像はなくても彼ら自身が写っているのを感じる。

写真は面白い。カメラが鉛筆や紙みたいになってくると楽しい。

もし、ワールドカップに日本が出ていなかったら、ずいぶん味気ないものだっただろう。日本が出場しているから、その他の試合さえ熱くなって観る。「子どもがいる」というのは、そういうことかも知れない。親は子どものサポーター。子どもがいるから、人生にも熱くなれる。

大きくなっても、子どもは子ども。そして、私もかつては子ども。そして、今は神さまの子ども。約束の場所で、私が見せてもらえるスライドショーはどんなものだろう。そんなことを思いつつ、シャッターをきる。

2010/07/16

ふぅ~っ

いよいよ1学期も3連休明けに終業式を残すのみ。

ふぅ~っと大きな溜息ひとつ。

私が全力で関わっても、子どもたちが短期間にそれほど劇的に変わるということはないし、一時的にそんな風に見えたとしても、それは本人にとってもそれほど幸せなことではなく、決して長続きもしない。

子どもには、一人ひとりに成長のスピードがあるし伸びる節目がある。無理に押したりひっぱったりしてはいけない。

小学校の教室は、目的を特化した塾でもスポーツクラブでもない。人格の成長を支援する場所であり、そんな個の成長を集団の中で生かす舞台である。

彼らはみな別個の独立した人格であって、決して十把一絡げにはできないし、彼らの伸びる方向や花開く時期などは、私の思惑通りにはいかない。

安易なパワーやスキルで管理することに違和感を持っている私は、こちらからの発信よりも、子どもからの受信をメインにした1学期を過ごした。

夏休みもそうのんびりは出来ないが、出来る限り休んで充電しよう。

2010/07/11

SIGNの写真茶話会



同じ時代、同じ空間を生きていても、ある人は注目し、ある人は見過ごすものがある。

それ故、私が撮った写真には私が選んだ情報が何かしら詰まっているはずだ。私が過ごした時間が多少は刻まれるはずだ。

カメラという道具を持ち込むことで、私を取り巻く世界に対して向けられる「自分自身のまなざし」に対して意識的になれるのが面白い。

参加者の作品を見ていると、それは何を撮っていようと一種のポートレートに見える。

2010/07/04

地上のかたち・天上のかたち



ブログでは「カン」のシリーズが続いたが、礼拝のメッセージは「カナン」のシリーズではなく、予定を変更して「メタモルフォーゼ」(ひねくれ者のための聖書講座⑰)の話をした。

数日前にはこのブログでも書いたが、「メタモルフォーゼ」とは変態のこと。生物が成長の過程でその姿を著しく変化させることを言う。私の中では、今ちょっとした変態ブームなので、自分にとっての旬のネタを選んだ。

私の教室では、子どもがつかまえてきたツマグロヒョウモンという蝶の幼虫を飼っているが、これが蛹になって羽化していく様子を観察している。

完全変態の昆虫の蛹化や羽化の様子は実に感動的。十字架と復活の美しいモデルなのである。

中年の皆様は、「メタボ」ルフォーゼになって無様な姿をさらさぬよう、「地上のかたち」も大切にいたしましょう。

2010/07/03

菅より元缶



Salt&Uribossaとしてどんな楽曲を選んでどんなふうに演奏するかについて、私たち自身がお客さん以上に、そのプロセスを本番以上に楽しんでいる。

今回のフライヤーは、そんなSalt&Uribossaの遊び心と音楽がデザインされていると思う。

菅より缶

「風のメロジア・レコ発ライブ」「ボサノバレンタイン」と続いて、田原本カフェ・アルコでの3回目のライブです。私が少年時代を過ごし、相方Uribossaが現在も棲息する磯城郡での演奏は、特別な思い入れもあり、今回も短いインターバルながら、新曲・難曲に果敢にトライします。

オーナー自慢のお食事プレート(限定10食)は、デリシャス&リーズナブル。
各種ドリンク片手に、まったり「真夏の夜のボサノヴァ」をお楽しみください。


2010/07/02

メタモルフォーゼ

今から約20年前の詩を綴った詩集「生贄たちの墓標」の中で、私は「アゲハチョウの変態に隠された本物の哲学」というフレーズを書いている。

「変態」は、最近のマイブームでもある。私の教室で「ツマグロヒョウモン」という蝶が次々に羽化しているからだ。職員室では、同僚が持って来た「オオムラサキ」の蛹が羽化した。

そうこうして盛り上がっていたら、電気屋さんのブログでも羽化の話題が取り上げられているではないか。こういう霊的シンクロは楽しい。これはムシできないなあという感じ。

昆虫の羽化、とりわけ蝶の仲間のように、完全変態といって「蛹」になるもののメタモルフォーゼは実に感動的だ。まさにそれは死と復活のモデルであり、栄光のからだの実在を保証する天からのメッセージでもある。

人の目にはあまり触れないかも知れないが、あちこちで今日も無数の虫たちが「いのちの法則」に従って羽化している。

人間様は、ウカウカしていてはいけない。

2010/07/01

こりゃあ「かんなおと」おい景気回復

菅首相は、「低所得者に配慮し消費税率を上げた分を還付する」と発言。その「低所得者」の定義も揺れ動き、聴き方によっては、半数の世帯からは消費税はとらないともとれる内容である。いったいこの人、何を考えているのだろう。

消費についても、税金についても、一国のリーダーとしてあまりにも考えが浅薄である。本当にこんなことをしてしまうのなら、そもそも何の為に増税するのかさっぱり意味不明だ。

「むこう4年間消費税は据え置く」と公約して政権をとった民主党。参院戦を控えて候補者に配られた想定問答集の中では、「マニュフェストは、状況を見て変わっていく余地がある」と書かれているというからあきれかえる。法人税率は見直さないのか。

このまま菅氏が、片方で日和見のパフォーマンスをしながら、己の政権延命のために対米追従路線を突っ走れば、この国は取り返しがつかないほど落ちぶれ果てるのではないかと思う。

「議員定数を見直すべきだ」という意見も少なくない中で議員会館の建て替えをしたり・・・・政治家のやることは、庶民の感覚から大きくかけ離れている。