AC(旧公共広告機構)のCMに苦情が殺到しているそうだ。
民間企業が震災の影響で自粛する中、ACのCMが大量に放送されているのは、ただ穴埋め的な役割を果たしているだけなのだが、そのくどさのゆえに、とんだとばっちりを受けているというのが現実だ。
同法人は、テレビ、ラジオ、新聞社などの約1200社の企業の協力で成り立っていて、CMはその会費で、マナーやモラル向上などといった社会啓発的なCMを年間13本制作している。国や自治体の管理下にないにもかかわらず「そんなCMを流すのに税金を使うなら、少しでも被災地に回せ」という勘違いの抗議があったり、中には「今から刃物を持って押しかけるぞ」という脅迫電話もかかってきたりするという。
でも抗議したくなる気持ちはわかる。元タイガースの赤星選手や仁科亜季子までいやな奴に見えてくる。否定しようもないわかりきった話を上から目線で連呼されると、誰でもうっとおしい。
しかし、この「うっとおしさ」は非常に馴染みのあるものだと感じた。テーマの凡庸さといい、聴き手に無理にすりよったような表現といい、学校の先生のお説教の類と非常に良く似ている。
必要なのは、くどい啓発ではなく、放っておいても真似したくなるような格好よさだと思う。先生という存在が子どもや親にとって、もう少し恰好いいものでないといけない。
今年の私の自己採点はかなり低い。
電 気 屋 です。
返信削除「かっこいい先生」
お願いしますね。
センセイというあり方そのものが、私にとってはあまり魅力のあるものではないんです。オモロイおっさんになりきれない自分の中途半端さに、ちょっと苛立っているわけです。
返信削除やっぱり、「ちょっとはちゃんとしなきゃ・・・」とか思っちゃうんですね。もちろんそういうところで、何とかクビをつないでるんですが。