2011/03/17

6年間


いろいろあった6年生だが、いよいよ明日卒業。会場準備をしていると、3年前の卒業生が、高校合格の吉報を次々に知らせに来た。背丈もでかくなって、それなりに敬語も使ったりしているが、中身はまだまだ幼なさが残る。私は彼らを3年生で担任したので、あれから6年も経つ。

明日も左のスクリーンには6年生の卒業証書をもらうリアル映像が映され、右側のスクリーンには1年生の4月の姿が映るという演出になっている。6年の年月は軽くない。

私はこの6年でどれだけ成長しただろうか。現任校の初年度には学級における音楽療法で指定研究をやることになり、ふとしたかことから関わったNPOに協力して中越ボランティアに参加した。

2年目には被災地へ行って目立つことをするより校内でボランティアでもしようと「与えられた仕事は何でもやります」宣言をすると最不人気ポストをあてがわれ、それがきっかけで市の人権教育研究会の事務局長になった。任期を終えようやく「普通」に戻れると思っていたら、昨年は拠点校指導員として4人に新任教諭の教育係を命じられた。そして、今年は6年ぶりの担任復帰。

考えてみれば、今やっていることの多くは、この6年間も担任から離れていればこそ実現出来たことばかりだ。アースデーの企画であったり、様々な講演やライブのオファーだったり、カフェNZのプロデュースもそうだ。今年は継続だから何とかクリア出来ているだけで、ずっと担任が続いていれば「元気村」なんて見向きもしなかっただろうし、「リコーダー講座」もやろうとも思わなかったはずだ。

ちょっとした人助けのつもりが、自分を助けることにもつながったわけだ。おかげで仕事は大変だったが、ずいぶん楽しませてもらった。

0 件のコメント:

コメントを投稿