2010/08/12

職業洗濯の自由ハ・ハ・ハ~ン♪

自営業の友人たちと話すことが多い。

彼らの苦労話を聞くと「大変だなあ」と思うが、逆にちょっと羨ましくもある。

友人たちの仕事への熱意や誇りは半端ではない。

正直、私は自分の仕事(教育)にはそこまでの思いはないと告白せざるを得ない。

「自分が自由に使えるまとまった時間」「他者の介入や力によって分断されない時間」を持っていることは、財布にお金があるよりも豊かなことだ。

組織に帰属して労働力を提供することによって代価を得るには、知識や技能だけでなく、「自分の時間を売ること」が含まれていることが多い。

私が県から給料を得られているのは、すぐれた知識や技能を提供しているからではなく、自分の時間を売っているからだ。私の指導内容よりも出勤簿の押印の方が大切なのである。それが公務員の世界である。

逆を言えば、時間さえ売っていれば質を問われない甘い世界でもある。(まあ、実際はそう甘くもないが・・・・)実にくだらない。

自分の知識や技能に見合う代価を求める世界に身を置くことへの憧れはあるが、その対価があまりにも割に合わぬものであることへの苛立ちを感じるのであれば、自分の今の立場は確かに今の自分にふさわしいように思える。

日々の糧を得る手段として、イエスは大工をし、パウロは天幕を作った。この事実は決して軽く見てはいけない。

彼らが選んだ仕事の質や時間について考えるべきである。

また、その反対に職種を問わず、神の学びは全ての人に開かれているという面も忘れてはならない。

イエスに賞賛されたあのローマの百人隊長は、極めて現世的な仕事の中で、神を信じるということに関する霊的な本質をイスラエルの教師たちより豊かに学びとっていた。

どんな仕事をしていても、「自分の納得」が大切だ。その納得は「妥協」ではなく、少しでも「満足」に近いものであるべきだ。

大切なことは優先順位と動機である。短い盆休みだが、ちょっと仕事を見つめ直し、心を洗濯しようと思う。

http://www.youtube.com/watch?v=hBZH6Ozc73I 【1989の懐かCM】

6 件のコメント:

  1. すみません、苦労話。
    あの日はただバイクに乗りたかっただけ、だったんですが。
    あまりしないようにします。これからは。
    でもこないだお話しさせていただいて、少しわかったような気がするようなことがあります。
    どうも筋道というか、「僕なりに」用意されてる気が、最近します。

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  2. 気楽にいつでもどうぞ。

    Y.B.Mさんの話は面白いです。私もいつになく真面目に語ってしまってすみません。

    信仰と創作に関する話には、どうしても熱くなります。

    私も未だに「何やってんだか・・・」という瞬間が、たくさんありますが、筋道どおりにナビが導いてくれているのを感じ安心する次第です。

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  3. 自営にも色々ありますね。
    熱いお二人の仕事話に対して
    わたしはといえば最近の仕事は

    「ジャパネット高田からテレビ買ったから写るようにして」
    「庭の枯れた木を切ってついでに草刈りもお願い」
    「お湯がでないのですが、、」
    「中古物件一緒に見てくれませんか」
    など、まさに何でも屋みたいになっている。
    何をするかにこだわりは無いわけで、
    呼ばれて、飛び出てジャジャジャジャーン状態でしょうか。

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  4. ハクション大魔王ですね。

    その「引き出し」の多さと深さ、カッコイイです。

    いいなあ。奈良でもクシャミしたら来てくれますか?

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  5. ハクション大魔王、それも仕事なんですか?!!

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  6. Y.B.M さん

    壺の中から
    呼び出された者としては
    「やれ」と言われたら
    蛇使いでも何でも断らない様にしていますが、、。

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