2010/11/24

ヤドカリ少年



何だかんだ言って、仕事の現場で束縛される時間は長く、ベラボーなエネルギーを奪われている。楽しいが、決して楽ではない毎日だ。

公立学校にいる以上、子どもを縛りたくないもので縛らざるを得ず、私自身も縛られている。縛られていても自由でいられる私とは違い、子どもはその不自由感を露わにする。こんなややこしいことは子どもに説明しようがない。

子どもたちは、私に会いたくて学校に来るわけではない。私の演奏やメッセージが聴きたくてそばにいるわけではない。これは前に立っていて一番しんどいことだ。

静かに話を聴いてじっくり考える訓練もまだ十分にはされていない。ただじっと座っていることさえ難しい子もいる。

授業は本当に難しい。ライブよりもメッセージよりも、これまで引き受けてきたどんな相談や講演よりも難しい。

たとえ私のことを信頼していても、それでも毎度ちゃんと話を聞いているわけではないし、こちらの予想や期待通りに反応してくれるわけではない。

大事な話をしているときに全く話を聞いていなかったり、ずっと言い聞かせてきたことを簡単に忘れて正反対の選択をされたりすると、本当に情けなくなる。

子どもは一人ひとり性質や能力も違う。親の考え方や環境によって多種多様の生育歴を経て今日の姿がある。そうした背景を無視して現在の有り様を冷たく判定することは出来ない。

それにしても、彼はなぜゴミ箱にはまってしまったのだろう。いくら考えてもわからないが、とにかく抜いてやるのにずいぶん苦労した。これまで周囲の子たちは、「○○が××なことをしている」と言いつけにくるだけだったが、最近は面白がって「これ、オモロイから写真撮ろうよ」と言うようになった。

3 件のコメント:

  1. う~ん、なんとお声をかければよいか…
    お疲れさまです。今回はヤドカリ少年となった彼に、一度会ってみたいものです。

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  2. 2010/10/01
    ”これもサイエンスの入り口” で的になっていた少年に頭の形が似ていますね。

    伊武まさとではありませんが。
    「私は子供に生まれてこなくて胸をなでおろしています」と言いたい所ですが、
    残念ながら私が子どもであったときには、子どもとして話し、子どもとして考え、子どもとして論じましたが、おとなになったときには、子どものことをやめました。とあるとおりです。
    私もやりそう。

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  3. おふたりとも凄い観察力です。

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