2011/02/10

「おはボン」の学校で研究授業

私が作った「おはよう・ボンジュール・ハロー」はいろんなところで使っていただいているが、毎朝、3年以上にも校わって校内放送で流していただいているのは、山の辺小学校しかないだろう。

校長先生とも親しくさせていただいていることもあり、又、昨年指導させてもらった新人も、友人たちもおり、彼らの自主公開の授業発表会ということもあって、喜んで参加させてもらった。ちょうど私のクラスはインフルエンザの学級閉鎖中だったので、出張にも出やすかったのだ。

山小のスタッフは勿論、授業技術では評判の高い大学の先生たちが、山小のクラスを借りて授業を公開するということもあって、TOSSの代表でもある向山洋一はじめ、全国から多くの先生方が参加されていた。


この学校には、被虐退児童が多いなどの特殊事情があり、発達障害のある子どもたちに関しては医療・教育連携の最先端の研究実績のあるTOSSの方法論を積極的に取り入れられた校長先生の強い学校改革の意思が感じられた研究会だった。今日の授業では、山小スタッフの授業でも、外部の名人の授業でも、しんどかった子どもたちがねばり強く学びに参加している姿があった。一昨年よりも、昨年よりも、格段に成長している。

私は個人的にはTOSSの方法論とは、全く相容れぬアプローチをとるタイプなので、どうしてもしっくりは来ない。教育を技術と割り切る点や、子どもの主体性や創造力ではなく、教師のシナリオにのせていくだけの予定調和的展開は好みではない。しかし、この変化は半分以上はTOSSの力でもある。TOSSの情報の集積を否定するなら、その知識や技術を越える実質がなければ話にならないとも思う。子どもを集中させ、楽しませ、わからせる。授業は自己満足ではすまされない。

何であれ、子どもが少しでも良い方向に向かっているのを見るのは喜ばしいことである。

校長先生はじめ、山小スタッフには、「本当にお疲れ様でした」とねぎらいたい気持ちでいっぱいになった。

4 件のコメント:

  1. 地道に真摯に、子どもに向かう同僚には、ほんとうに頭が下がります。ワタシんとこの学校も荒れに荒れましたが、本年度は生まれ変わったようです。先日、神戸市内の小学校が集まり”KOBEこども音楽祭”というイベントがあったよです。参加したある音楽専科が「100人をこす人数で演奏する学校もあったが、〇〇小学校が一番よかった。演奏中に手拍子が起こり終わるまで続いたり着、席する子らに大きな拍手が送られたり、そんなことははじめて…」と言われたそうです。

    教育技術は大事、TOSSはなじめずあまり見ませんが、技術はとてもとても大事ですね。ワタシんとこも、音楽専科の編曲能力は、今までの音楽専科と比べものになりません。そういえば、探偵ナイトスクープで「料理は愛、か?」というテーマで新婚の奥さんが一級品の素材で作る料理と、あの林先生がスーパーの特売品で作る料理とで、どっちがウマイか実験がありました。もちろん、林先生の勝ちです。最後に林先生が一言「料理は技術や!」
    確かに本物の技術には、おのずと愛情に近い思いがありますよね。適当な技術しかないからダメかな。

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  2. あっ、ワタシんとこの〇〇小学校6年は32人で演奏しています。

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  3. 確かに「生兵法は大怪我のもと」ですね。
    新人をサポートする仕事を約1年やってきて、本当に反省させられることばかりです。
    「子どもが育てば、先生も育つ。先生が育てば子どもも育つ。」

    育つのにはそれぞれの時間がある。学校という枠の中で1年間でみんな同じようにここまで育ちなさいと言うのはおかしいね。

    新人さんにも育つスピードがあるよね。
    奇跡のリンゴのおじさんが、いつも土との対話をかかしてこなかったように、日々もっと真剣に子どもを見ます。

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  4. 左上の写真はTOSSの検定で8段という最高段位を持つ谷和樹氏の授業でした。笑顔よく、テンポよく、滑舌よく、発問は無駄なく適格、意欲のない子どもや力の弱い子どもも強引に巻き込んでいくテクニックはたしかに「なるほど」と思いました。印象としては、今流行のよくわかるニュースのキャスターみたいな感じでしたね。

    技術はある程度までなら誰でも磨けるし、評価の観点が明らかなので、段位もわりに客観的だと言えます。上段者から見れば、下位の者は明らかに下手くそなのです。

    格闘技や囲碁将棋にもランキングがあるのですから、教育技術にランキングがあるのも別に悪いとは思いません。どう考えても不自然な横一列よりずっとすっきりしています。

    若い人は、知識や技術を徹底的に学べばいいと思います。それが教育のほんの一部であることを知ってさえいればですが。

    残念ながらTOSSの人たちから受ける印象は、スケールのショボさです。良いとされる授業のとらえかたも、学級経営の方法論もあまりにも幅が狭く、狭い敷地に無理矢理建てた家みたいに機能優先で、人の生き物としての快適さを目指す観点が完全に欠落しています。

    私は教育技術そのものを追求するタイプではないですが、経験の中で培ったものや、他の分野で鍛えてきたものもあります。しかし、それは特にある授業のためじゃない。授業のためじゃないから授業以上のものにつながるんじゃないのかと思っています。

    学校や授業という枠は、人間にとって小さすぎると思うのです。

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