2010/04/09

すぐ手の届くところにある真理を拒む心理

人は抽象的で複雑な議論を好む。

深い葛藤や苦悩も意外にけっこう居心地が良かったりする。

それは最も敵の得意とする領域でもある。

かつては、私も風車に立ち向かうドン・キホーテの如く、敵の何たるかも知り得ぬ状態で自力でねじ伏せようなどとも考えたが、そういう発想自体が敵の思う壺。

答えはいつもあまりに簡単。この簡単な結論に一筋に思いを向けるのが難しいだけなのだ。

つまり「聖書にこう書いてある」と宣言すること。これに尽きる。

しかし、人が心からこれを宣言するには、私たちのプライドは高すぎ、少しは物を知っている。

だから殆どの人たちがたった10日ばかりの道を40年もさまよって、結局「約束の場所」に至らないといったことが今日も同じように起こるのである。

2 件のコメント:

  1. たしかに…

    みことばに従う、と決めると楽になれるのにね~。

    10日ばかりの道を40年さまよっても「約束の場所」には入れたらいい。気づいたときに方向転換したい。

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  2. そうです。

    万が一にもこの「約束」にもれることがあってはならない。

    人はみことばに服して「安息」を得る必要があります。

    ところが、地上には万に一つしか「その信仰」が見られない。

    これが、神が与えた「自由」の結果なのでしょうか。

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