(46)もし真理というものがどこかにあるとしたら、それは特別な少数の人間だけが理解できるようなことではなく、誰でもわかるようなものでないといけない。
(47)私だけしか知らないことばなんて、ことばとして存在出来ない。私だけがこっそり味わっている楽しみがあるとしたら、それは夢や妄想の類いである。私の知っていることや味わっていることを、誰も知らず、またこの先誰にも伝えることが出来ないとしたら、そんな知識や体験に何の意味があるだろう。
(48)歓びは分かち合うことの中にあり、価値は共有することの中にこそ生まれる。独り占めするのは、何も持っていないよりさらに貧しい。
(49)子どもに何かを伝えるときには、子どもがわかる子どものことばで話す必要がある。それゆえに、神は人の姿をとられたのだ。イエスは私たちに理解できる神のことばである。
(50)私たちが思い浮かべることが出来る範囲のものは、具体的にかたちになる可能性がある。しかし、かの約束の住まいには、私たちの想像力の限界を超えたものが備えられると約束されている。
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